宇曽川渓谷にて石のおつけもの
宇曽川渓谷で
思う石を漬けてきました。
さむいし、花粉がなかなかに舞っている🐽🌀
宇曽川ダム奥の、飲料用(要煮沸)のお水が湧いているところです。緑は我が子💦
車で直ぐ着く1番近い渓谷ですが
滋賀に住んで10年、初めて訪ねました。
周辺の渓谷よりも
空気が重く、厳しいというか
自分には比べて荒れて見える場所でして、地域のよそ者を軽んじる風土と相まって
以前は苦手でした。
特にここは古墳だらけ
獣避けのフェンスも増えています。
そして
そもそも滋賀なので、寺と神社は言わずもがな
周り中に沢山あるので
特に、夜は行くことを避ける場所‥
それが急に苦手ではなくなったので(⁉️💦)
訪ねた次第です。
これは、昨年、家を磁場調整したのでその影響の自分の変化と思いますが‥
この更に山奥に‥直線距離15km程と思うのですが
日本三大障害創生の父の
お一人である田村一二先生が
災害で損じた村の
跡地を譲り受けて創設した
日本初めての障がい者の共同生活の地域
「茗荷村」さんがあります。
1度、宿泊させていただきました。
田村先生は
日本中を訪ね歩き
「ここが日本で1番環境が厳しかった。
未来のみんなの自立を志し、ここに、作った」と、お言葉を遺されています。
ああ。やはり。
そんな茗荷村さんですが
「1980年代なんてほんとお金がなく、貧しくて貧しくて。食べるものが無いの。
(地域の)人が減ってしまって、荒れてしまう田畑を貸してもらい、畑等、出来ることを積み重ねて、やっと今。
共生社会を広げる、スタートラインぐらいに、立てているのかな(と思う)」
と、関係者さんからも教えていただいています。
まず
日本のバブル時代にお金が無いって‥
信じられませんでした。
かたや
50代のバブル世代のいとこ(横浜住み)から
ディスコで遊んで万札持ってタクシーを停める
日本の伝説の狂乱を聞いていましたので。
同じ時期に、この山の中では
厳しくタフに暮らす方々が集っていたんですね‥
自分は、我が子に障がいがありますし
色々勉強しながら、でも、豊かに生きています。
意識はしているけれど
田村先生が目指していらっしゃった
多様化社会、共生の時代のスタートラインへは
立てているのかしら。
‥宇曽川渓谷
また、訪ねます。
川に漬けたらブラジル石やカルサイトの
レインボーがクリアになりましたよ^ - ^
※カルサイト等
お水へ浸けちゃ駄目なので
自己責任ですよ😂